初期治療


ピエール・ロバン症候群の初期治療は段階を追っていくつかの処置に分かれます。

出生前

母親の妊娠中に受ける超音波エコー診断で万が一ピエール・ロバンが見つかった場合には、出産時に小児科医に付き添ってもらって酸素吸入器など万全の準備で分娩することが大事です。何しろピエール・ロバン症候群の最大の山場は出産直後なのですから。重度の気管閉塞が見つかり、気管内挿管困難の予測が立つ場合には、十分な事前準備、特に気管内挿管のコツ(諏訪邦夫先生より)を会得した医師の立ち会いの下での出産が賢明です。

出生直後

まず出生時にはとにかく呼吸をさせることが最優先事項となります。気道閉塞または気道狭窄が著しく自発呼吸がままならない場合には手際良く気管内挿管を行い(intubation)強制人工換気が必要となります。また気管挿管も行えない様な場合には緊急に気管切開手術を行い、気管切開管(tracheotomy tube)を挿入して気道確保することも必要になります。

NICU移動後

緊急の気道確保ができたら患児をNICU(新生児集中治療室)に転送します。
ここではまず、患児を保育器(クベース)に入れ、酸素濃度と換気圧力を正確にコントロールできる高精度の人工呼吸器(respirator)を使用して人工換気を行います。口から気管内挿管を通じてわずかな圧力を掛けた高酸素空気を患児内に送り込みます。患児の全身が灰色っぽくなるチアノーゼ症が見られる場合、また動脈管開存症などの合併症が見られる場合には酸素濃度は少し高めに設定します。しかし、原則として酸素濃度は極力低めに押さえます。

心電図や血中酸素濃度をチェックするモニターも接続して患児の容体を監視します。患児が手足をばたばたさせて管を抜かない様に手足を縛って固定することも必要です。

栄養補給は口腔や鼻腔を通して胃まで挿入された管(gastro-feeding tube)によってミルクを定期的に直接胃内に注入します。その際胃内でミルクが良く消化されているか、異常出血はないかを確認するために若干の吸引を行います。


気道確保

人工呼吸器に依らない自発呼吸を安定化させる方法には次の様なものがあります。

1.体位法
患児を腹ばいに寝かせる(腹臥位)ことや横向きに寝かせる(側臥位、Sims体位)ことによって患児の舌が咽頭から前に垂れ下がり、気道が開いて呼吸がしやすくなる場合があります。

2.外科的処置
舌の先を糸で下顎や唇に縫い付け(tongue tie)舌根沈下を防いで窒息事故を予防する方法がありますが、舌の断裂を起こす場合もあるので、短期間の応急処置と考えられます。
どうしても自然自発呼吸が見込めない場合には気管切開手術を行います。その際患部の消毒を頻回に行い、感染症を防ぐ対策を万全にします。

3.矯正法
下顎牽引法によって気道が確保できる様になる場合もあります。

4.経鼻エアウェイ
いくつかの新生児施設で使われています(茨城こども、川口市立など;どこがoriginalなのかはわ
かりません)。気管内挿管のチューブの先に側孔をいくつか追加して鼻から喉頭付近に挿入する方法で、気管内挿管よりも挿入が容易で気管切開をせずに、比較的安全に、体重増加を待てるという利点があります。
 一方でこれを使っている間は経口哺乳ができず(哺乳させるとミルクがチューブ内に残り吸気時に気道に誤嚥されてしまう)、抜去後の経口哺乳確立に時間がかかります。(M.K)

5.その他の方法
頭を仰け反らせたり、 頚部伸展や下顎拳上法を使ったり、軽症には開口器を噛ませるという処置も効果がある場合があります。

呼吸困難改善時期

平均して患児の体重5kg頃から呼吸困難は著しく改善される例が多い様です。


口蓋裂手術

口蓋裂の閉鎖手術(cleft palate surgical operation)をいつ行うべきかという問題については医学界でも諸説があります。正常な呼吸法の確立、摂食、発声の観点からできるだけ早く手術を行うべきと考える医師と、様々な初期手術の失敗事例の反省からできるだけ遅く、2歳前後で手術を行うべきだと考える医師もいます。一概には判断できないので、個々の事例ごとに担当医師との相談の上、適切な手術時期を決めるのが良いでしょう。手術法としてはpalatal push-back 法が多かったようですが、最近の学会では裂の縁をジグザグに切って縫いあわせる、ダブル Z プラスティー法(ファーロー法)の使用が、術後経過などの点で優れているという報告もあります。しかしどちらの方法にも一長一短在るようです。

軽度の口蓋裂は手術をしなくても、プラスティックのキャップの様なもの(リテイナー(retainer))を開口部にはめ込むことで一時的に発音や摂食が改善することもあります。

口蓋裂手術はもちろん全身麻酔を掛けた状態で行なわれますが、全麻はそれだけでも小さい子供にとって負担が大きいだけではなく、特にピエール・ロバン症の子供にとっては手術そのものよりも危険性が大きく、命にかかわる場合も在ります。

全身麻酔はまずマスクで軽く眠らせた後、口から麻酔管を気管に挿管して術中の深い麻酔状態をコントロールします。この麻酔管が喉を通る時に気管の壁と擦れてその組織を傷つけ、出血させる場合もあります。大人でも手術後に手術部位よりも喉の方が痛いと訴える患者が少なくありません。

ところが、ピエール・ロバン症の患児は喉頭部が非常に狭いためにこの麻酔管を無理に挿管すると喉が傷つき、出血し、組織が腫れ上がり、術後麻酔管を抜いた後に気管がその腫れで詰まってしまい窒息状態を起こすことがあります。そうなってしまうともう救命のために人工換気のエアチューブを気管に通そうと思っても気管が閉鎖してしまって通らず、命を落とすということもあります。

ですから、ピエール・ロバン症患児が全身麻酔を受けるような場合には十分な注意が必用です。まず麻酔科の医師から十分な問診と視診を受けましょう。その後喉頭部分のレントゲンを撮ってもらいそれを基に麻酔スタッフの十分な検討を行なってもらいましょう。手術に当たっては経験豊富な麻酔科医の元で極細ファイバースコープを用い、最新鋭の極細麻酔管を慎重に挿管してもらいましょう。少しでも気管を傷つける恐れのある場合は手術を中止し、半年から数年待って喉が十分成長した頃を見計らって再度手術を試みるようにしましょう。危険があれば中止を決断する勇気をもつことが大切です。